黒の戦士物語

shield罪と罰

食糧難の中、給食を盗み食いして他の人の分まで食べたシーシュポスが与えられた罰は、無農薬有機栽培の農業の手伝いをすることだった

201X年、世界各地で土壌劣化による砂漠化や、森林破壊のための異常気象が進み、食糧不足に苦しんでいた。山は枯れ、鳥は空を捨て、人は微笑みをなくしていた。

日本でも化学肥料や農薬の使いすぎによる土壌の劣化が深刻になり、化学肥料は高騰していた。森が荒廃していたため、山から川、川から農地、海への循環は断絶し、自然の栄養分は流れなくなった。

食糧生産が難しくなっていて食糧価格は高騰していた。世界的な食糧不足で輸入も絶えた。そんな中なんとか作られていた作物も、安全性や健康志向を満たすものではなかった。

農業に興味がなく、外仕事も大嫌いなシーシュポスにとって、毎日の地味な草取りなどの作業は辛かった。

しかも、収穫できたのは驚くほどわずかな量だった。もはや十分な化学肥料を与えることもできず、土壌劣化のために微生物が少ないためだ。

Kia Kaha

この農場には、シーシュポスと同じ年のアポロが働いていた。マオリの血を引く無口なアポロは無理矢理押し込められたシーシュポスと違い、無農薬有機農家となり、日本の農業を救うことを目標としていて一生懸命に働いていた。

そんなアポロにとってこの収穫量の少なさや品質の悪さは夢が砕け散る現実をつきつけられたようだった。目は潤んでいた。

そんなアポロの腕には、「Kia Kaha」という謎の言葉の書かれたタトゥーが力強いマオリハーブの模様とともに描かれていた。

シーシュポスは「Kia Kahaとはどういう意味だ?」と聞いた。

アポロは真っ赤に潤ませた目で軽蔑の眼差しを向け、「お前が持っていないもののことだ!」と吐き捨てるように言った。

逆上したシーシュポスはアポロにつかみかかるが、農場での仕事で鍛えられたアポロには叶わなかった。組み伏せられたシーシュポスにアポロは、「辞めちまえ!」と告げた。

打ちひしがれて農場を後にするシーシュポスの背中に向かい、アポロは「教えてやろう。お前が持っていないもの、それは「本当の強さ」そして「くじけない心だ」」。

中島監督の伝言

自室に戻り、ベッドに潜り込むが眠れない。ふと気がつくと、鞄から黄色いものが見えていた。盗み食いの罪を犯して農場に送り込まれるときに、中島監督がシーシュポスに渡したものだ。中島監督はシーシュポスのラグビーの監督で、品性の悪いシーシュポスに対しても、「前へ!」や「信は力なり」の精神と優しさと情熱で導こうとしていた。

封筒の中身は英文の雑誌の切り抜きとその翻訳だった。中島監督は博学で様々な知識を持ち、その中の気になった情報をシーシュポスに伝えようとしていたのだろう。雑誌の記事はナショナルジオグラフィックマガジンで、内容はエル・ドラードの伝説をだった。

古代文明からのメッセージ

スペインのコンキスタドールであるフランシスコ・デ・オレリャーナは黄金郷(エル・ドラード)を見つけ出すためにアマゾン川流域に入ったのは、1542年のことだった。彼は黄金を発見することはできなかったが、数十万人もの人口を抱える巨大で高度な文明を持つ都市を見つけた。しかし、後に続いた探検家たちはその都市を見つけることができず、幻の都市と言われるようになった。

現代の人類学者もその存在を否定している。アマゾン川流域の土壌は、激しい日差しや豪雨のため、地球上でもっとも農業に適さない土地だった。多くの密集した人口を養うことは不可能だと考えられていた。

それから400年後。オランダの土壌学者であるビム・ソンブルクは、1950年代に、アマゾン川流域で「テラ・プレタ」と呼ばれる黒い土を見つけた。この黒い土は、地球上でもっとも極端な気候条件のアマゾンでも何千年、何百年の古代から全く手入れをすることなく、豊かな収穫ができた。

ソンブルグは、痩せ地を豊かな土地に変える秘密が、テラ・プレタにかくされているのではないかと考えた。そのなぞを解くことで、もともと痩せた土地で、それが貧困の一因となっている土地を豊かな土地にすることで、最貧国の人々が自立できると信じていた。

ソンブルグは、その夢の実現を目にすることなく、2003年に死ぬ。しかし、テラ・プレタは現代に蘇りつつある。その豊かさと回復力のカギを握りのが、炭だった。アマゾンに紀元前4000年も前から、高い技術を持つ文明が存在し、炭を土壌に混ぜて使っていたと考えられている。

2007年3月。当時ドイツのバイロイト大学のクリストフ・シュタイナー博士は、劣化した熱帯土壌に炭の粉と、木酢液を加えるだけで、微生物が飛躍的に増殖し、肥沃な土壌を生み出すサイクルが始まると報告した。

覚醒

はじめはマユツバものだったが、食えるのならと思い、シーシュポスは竹炭ブームの頃にじいちゃんが購入し、押入れに眠らせたままになっていた竹炭を砕き、密かに農地にいれた。

翌年、今までの倍以上の収穫ができた。詳しく聞くと、炭の力で微生物を活発化し、今まで分解されなかった有機物を分解し肥料にしたという。

アポロはそんなシーシュポスをいくぶんか見直したようだったが、相変わらず口を聞いてはくれなかった。

シーシュポスは炭を広めることで、また好きなだけご飯が、盗み食いをしなくてもいいくらいに食べられると思った。そして炭を使えば荒れ果てて川を通して農地や海にまで栄養分が届かなくなった森も再生できて、ご飯も魚も食い放題にできると思った。

挫折

しかし現実は厳しかった。農家にはもはや炭を購入して使うような体力も気力も残ってはいなかった。農作物の価格も上げることができなう上、石油や資材の値上がりなどで経費はかさんでいた。いいとはわかっていても、使うことができない現実が立ちふさがっていた。

シーシュポスは、農家や家庭菜園者が自分で簡単に作れる炭焼きの方法を研究し公開した。その他のシンプルな炭化器具をみつけては、少しずつ広めていった。これによって、行政を中心とした大型バイオマス活用には入らないものを小規模で多くの人たちが活用でき、山に手が入る。

しかしそれでも不十分だった。農業にはすでに多くの労力がかかり、特に有機農業にかかる労力は大きいものだった。

シーシュポスはどうしたら炭を安く作ることができるか、どうしたら農家が炭代を吸収できる値段で販売しブランド化できるか考えた。しかしうまくはいかなかった。改善方法はわかっているのに自分の能力が足らないことを憎んだ。

アポロの涙

そんなときに中島監督から定期的に送られてくる手紙の中に、「問題は、その問題が発生したときと同じ考え方では解決しない」と書いてあった。シーシュポスは少しわかったような気がした。市場経済システムの歪みの中で起きた問題を、同じ市場経済で解決しようとしても解決しないのか。

ある日、農場のみんなとの毎日のような質素な食事のとき、アポロが頭を抱え、涙を流しながら地域中のほかの農家の土壌のこと、将来の子供たちの食べ物のことまで心配していた。それを見て、シーシュポスは土壌への責任は土地を持っている農家だけが負担するものではなく社会全体で未来へ守っていくべきと感じた。

シーシュポスは気がついた。嫌々ながらも罰としての農業の手伝いをしていると、周りで農業や家庭菜園をしている人たちが多くの食べものをくれた。シーシュ ポスは食べ物を買わなくてももらいものだけで食べていけるようになっていた。シーシュポスには返すものが炭しかないため、炭をお返しにすると土壌改良にな ると喜んでくれて、よりおいしく、より多くの食べ物をくれた。市場経済とは別の経済が成り立っていた。

炭が買えないのなら物々交換すればいいんだ。炭を作る人と農家が炭と食べ物を物々交換でき、それを金銭的にサポートしてくれる人へできた農作物をおすそ分けをするシステム「炭.ex」を立ち上げた。これで農家は炭を土に入れるのにお金をかけずに済み、農作物の一部をお裾分けするだけでよくなる。米は販売するものの一部を提供するが、野菜などは取れ過ぎて捨てていたものなどをお裾分けすることができ、有効活用ができる。農家にとっては直接販売の固定客を得るきっかけにもなり、サポーターにとっては安全な食べ物を購入できるマイ農家とつながる機会になる。今まで炭を作ってもなかなか使ってもらえなかった炭焼きの人たちの炭も動くようになるだろう。

Forever Strong くじけぬ心

しかし、最初はうまくいかなかった。栄養分が入っているわけではない黒い無機物の塊である炭自体の効果も疑われることもあった。薬を飲んだらすぐに治るような、問題が起きたときに犯人探しをしてしまうような、長い物質的な、直線的な思考の時代を過ごしてきたため、「場を作る」役割の炭に対する理解は難しかった。

ましてや物物交換など、新手な詐欺の手口と思われることもあった。農家もサポーターも協力者は現れなかった。何より、シーシュポス自身が前へ一歩踏み出すことを恐れていた。そんな中でも着実に日本中の土壌は劣化していき、食糧不足はますます深刻になっていった。

中島監督の声が聞こえてくる。「お前は今選択を迫られている。ここでくたばるか、立ち上って戦うかだ。」

「Kia Kaha」。シーシュポスがかつてアポロに「お前が持っていないものだ」と言われた言葉。くじけぬ心。今、シーシュポスは真にそれが欲しいと思った。

それを助けてくれたのがアポロだった。すでに自分の農場を持って独立したばかりのアポロは、シーシュポスの炭を土壌改良に使い、その代金の代わりに自分の農場で収穫できたものの一部を、シーシュポスに譲り、シーシュポスはそれ炭代を支援してくれたサポーターに渡すことができる。

多くの人から信頼されているアポロが関わってくれたことで、動き始めた。サポーターはひとりひとり増えていき、炭を受け入れてくれる農家も、炭を作ってくれる炭焼きも少しずつ全国に広がっていった。そしてこの年、各地で土壌が再生しはじめ、安定した収穫ができるようになってきた。食糧難は過去のものになったように思えた。

アポロは土壌を良くしてくれたシーシュポスに、シーシュポスは一歩を踏み出すきっかけを作ってくれたアポロに感謝をし、ついに握手を交わした。そしてアポロはシーシュポスに、「お前はKia Kahaの精神を持った真の男だ。お前を誇りに思う」と言い、お互いに過去の非礼を詫びた。そして一緒に炭を広めていくことを誓い合った。

この頃には全国各地でシーシュポスたちの動き以外でも各地で炭を使った土壌改良に一生懸命取り組んでいる人たちの努力も成果がでてきていて、炭は少しずつ普及していっていた。それにシーシュポスは炭.exの仕組みをオープンソースとしていたため、同様の仕組みの活動が様々な地域でも始まっていった。シーシュポスも全国の炭焼きの人たちから多くを学び、自分の活動にも取り入れていった。お互いに連携した全国的な運動も始まった。日本中の土壌は確実に豊かになり、食卓が豊かになった。人々の心も豊かさや明るさを取り戻していった。山から川、川から農地や海への栄養分の流れも取り戻していき、微生物も人も喜んだ。

食糧の危機

すべてがうまく周りはじめているように感じていたある年、過去最大規模の干ばつや豪雨が世界各地を襲った。炭を入れていた農地はなんとか収穫をすることができたが、それ以外はほぼ全滅だった。特に発展途上国での餓えは深刻だった。

もともと、世界の人口の70億人のうち、約10億人が飢餓状態だった。飢餓が原因で亡くなる人の数は、年間で1500万人。1日に4万人(うち子どもが約3万人)もの人が亡くなっていた。軍隊に入れば食べられるので子どもたちは少年兵となり、人を殺し、紛争は止まらない。生きるために、自分の子供を人身売買する、などシーシュポスは食べ物が不足することによって様々な不幸が生まれていることを知った。その上、近年では、世界各地で干ばつや洪水などの自然災害が多発している。

途上国ではもともと食糧が生産しにくい痩せた土地に住んでいることや、豊かな土壌であったとしても植民地化で商品経済に組み込まれて支配国の需要のために森林を切り開き商品作物を作り、伝統的な農業が失われ、土壌劣化や砂漠化してきて自給能力を失い、飢餓や貧困の一因になっている。さらに世界の耕作地のうち、15億ヘクタール近く(米国、メキシコを合わせた面積より広い)で、土壌劣化が起きていて年間に、500万ヘクタール以上の農地が砂漠化していて、食糧問題はさらに厳しくなっていることを知った。

異状気象や砂漠化の原因のひとつが森の減少。途上国では焼畑農業や輸出木材生産だけでなく、今でも30億人が非効率なかまどで調理をしているために森林破壊が止まらない。森が破壊されることで、森が保水能力を失い、雨が降れば洪水や土砂崩れが起き、降らないときは干しあがるようになる。

地下水が枯れ、砂漠化が進み、木々がなくなることで気温も上昇。土壌がやせ衰え、激しい雨で洗い流され、太陽の熱で焼かれ、農地が砂漠化する。

森が枯れ、砂漠化が進めば気候変動や異常気象は日本の食糧生産にも影響する。日本だけで自給自足を目指したところで子ども達の食の未来を守ることはできない。何よりも世界のこの状態を放っておけるだろうか。

未来への約束

シーシュポスはもはや今までのシーシュポスではなかった。自然の中での肉体労働で優しさをとりもどしていた上に、それらに現実を知ることで、自分だけが人の分を奪ってでも食べられればいいという気持ちはすでになくなっていて、世界中の人たちと食べる喜びを分かち合いたいと感じ始めていた。

それらの問題を少しでも軽減していくためのヒントが日本人が昔から山の中で行なってきた炭焼きや、炭を使った農業、そして調理器具のぬか釜などのアナログテクノロジーにあると思った。失われつつある先祖から受け継いできた日本の文化や伝統がこのまま廃れてしまうのではなく、世界を少しでもいいものにできる可能性があることがわかってきている以上、活用することは責任でもあると思った。

チャコニズム運動

多くの炭焼きたちが、山村テクノロジーを担いで世界各地に旅立っていった。シーシュポスもそのうちのひとりだった。それらが世界中ですでに炭を関わっていた人たちともつながっていった。

これは「大地を黒く染めよう」という世界的なチャコニズム運動となっていった。そして希望の黒のさざ波は勇気とエネルギーとなり、人種を超え、民族を超え、国境を超えてひろがり、つながり合っていった。

100年後の世界

21XX年。世界は終わっていなかった。人類は食糧危機を乗り越えていた。人々は、21世紀の始め、炭を使って世界を食糧問題から救った人たちのことを、「黒の戦士たち」と呼んだ。

そして伝説のアマゾンの古代文明が初めて炭焼きをしたと言われている7月26日を、黒の革命記念日として祝日とした。