脱合成洗剤が正義か、脱手作り石鹸が正義か...


今日は4時に起きてしまった。昨日は8時くらいに寝たので、自然現象。

そして朝の定番のそうじ、洗濯、料理。

 

洗濯は最近は環境のためと思って、液体石鹸を使っているけど、汚れが全然落ちない。汗かいただけみたいなのならOKだけど、泥汚れとかには、ほぼといっていいほど効き目がない。

 

その石鹸もなくなりそうなので、次はこのまま液体石鹸でいくか、合成洗剤に手を伸ばしてしまうか...悩んでいる。

 

先日のダライ・ラマ14世の「脱原発だと、貧富の格差広がる」という発言と同様に、この石鹸or洗剤問題も単純に石鹸は環境にやさしい、合成洗剤は悪という図式にはなりにくいと思う。

 

合成洗剤が環境だけでなく、健康にもよくないことは周知の事実だけど、果たして石鹸はどうなのか...というのまではよくわからない。

 

今でもよく見かける手作りの自然の油を使った石鹸は、環境にやさしいイメージしかないけど、豊かな日本でエコ的気分を味わうにはそうかもしれないけど、そのためにパームだかなんかの油の原料となる木を育てるために、森林が伐採され、現地の人たちが厳しい労働条件で働かされることにつながっているという話も読んだことがある。

 

何年か前にもてはやされた「土に帰るプラスチック」とか、植物を原料にしたバイオオイルも貧富の格差や、食料問題にもつながっている。

 

脱原発して、その分を化石燃料に依存したり、バイオマスエネルギーとかを使ったとしても、あっという間によく映画に出てくる、星を食いつぶしたら、次の星に行くという侵略エイリアンのように、あっという間にハゲ山になりかねない。

 

今の生活を維持するのを前提にしたエネルギー環境を考えてはいけなさそうだ。

石鹸も同様で、風呂に入るときに、石鹸やシャンプー、ボディソープがあるのは当たり前のようになっているけど、合成洗剤も悪、手作り石鹸もダメとなればどうすればいいかと考えると、そもそもシャボンは必要なんだろうかと考える。

まあ、社会の仕組みや問題はいろんなことが複雑に絡み合っているので、単純にアレがダメだとか、コレがダメだからソレを使えばいい、みたいなことじゃ解決にならなくて難しい。

それでも前へ。