炭は自ら助くるものを助く。(多分)(2)


先日のブログに、ちょっとオカルトチックな感じもある、地面に炭を埋めて、「良い土地」にすることについて書きました。

【炭は自ら助くる者を助く】

http://charcoalblacks.org/?p=4407

 

炭焼きとして、こういうことに関して意見を言うときには、かなり慎重にならなくてはならないと思っています。

「炭を地面に入れると、願いがなんでも叶う、イヤシロチとかパワースポットになるんだぜ〜」

とかいうインチキ事業になってしまいます。

 

「これを飲んだら病気が治るよ」

とか言うと、法律にひっかかりますが、今のところ、「この石を持ったら願いが叶う」だとか「このセミナーを受ければ自分を変えられる」みたいなことに関しては、多分何の法律もないのではないかと思います。また、法律でこういうことを規制することの危険性もあると思います。

 

炭を地面に埋めることで、願いが叶うとか、商売が繁盛するとか、家族の中が良くなるみたいな「イヤシロチ」もしくは「パワースポット」になる、みたいなことは良く言われています。

私は、炭が生物とかに対して何か良いことは信じています。良く言われるのが、「炭にはたくさんの穴があるので、そこに収まりやすい微生物の巣になったり、悪いものを吸着するのだ」という解釈があります。

しかし、たくさん穴の開いているものなら、ヘチマとかスポンジとかもあり、それらはバイキンの巣(これも微生物で、良い悪いはわかりませんが)、になりそうなものの、水とか空気をきれいにするような効果があるとは考えにくいです。

農業への炭の使用法について詳しい専門の方に話を聞いたとき、「炭を土の中に入れると、そのあたりの微生物が元気になる。土の中にいれなくても、そこに炭があるだけでその周りの微生物は元気になる。それが炭の不思議なところだ」と言っていました。

そこに炭があるだけで、周辺の微生物が元気になるということは、穴が微生物の巣になるとか、悪いものを吸着するとかいう以前に、微生物たちを元気にしてくれる作用があると考えられます。

それが電子の力で、よく書かれているのが、「マイナスイオンが発生するから」というものですが、マイナスイオンそのものが科学的に否定されたりしているので、わかりません。しかし、微生物たちに大して、何かの作用があるとは考えられます。

それが人間に大して何らかの作用をしないわけでもなさそうですし、人間の内外にもいろんな微生物がいるので、微生物が元気になるだけで、人間も元気になってもよさそうです。

 

すごくしつこいようなことを書きましたが、「炭を地面に入れたらイヤシロチになるよ、パワースポットになるよ」という話が存在しますが、イヤシロチやパワースポットを、「運気の向いてくる場」や「願いが叶う場」という解釈をしてしまう以前に、そもそもイヤシロチとかパワースポットとは何なの?という問いもあるべきです。

普通に考えたら、それこを「願いが叶う」「運気が良くなる」「悪いものが去る」ような考えがされると思いますが、実際、埋炭をしている人の中で、いろいろなことが向上した人もいると思いますが、知っている顔の中であまり幸せそうでない人たちも頭に浮かびます。

 

こういうときは、原書にあたれ、と思い、現代のスピリチュアルなことを言う人でなく、埋炭の理屈を言い始めた(と思われる)楢崎皐月さん本人に近い本をいろいろと調べはじめています。

楢崎さんの書いた、埋炭について書かれていると言われる「静電三法」という本は、読んでもさっぱり意味がわからず、残念ながら引っ越しのときの本の大量処分のときに、7,000円近くする本を、30円くらいでブックオフに出してしまっていたようです(涙…)。

しかし、ブックオフでは引き取ってくれない、自費出版ぽい楢崎皐月さんや、楢崎さんが指名した唯一の後継者の宇野多美江さんらによってまとめられた「相似象学会会報」などは、難しいので全然読んでいないものの残っていました。

また、新潟でカタカムナ研究をされていた関川二郎さんという方が、新潟の地元の出版社というか印刷屋さんから出していた小冊子とかも残っていて、その方の出した「カタカムナへの道」という本もアマゾンから購入してみました。

 

カタカムナは、縄文以前の数万年以上も前に、日本に存在していたと言われる高度文明のことで、その文明の残した文献を楢崎皐月さんが解き明かしたと言われています。エジプトとか南米のピラミッドの文明のような感じでしょうか。江戸時代には、そういう神代文字の創作が流行ったと言われているので、そういう文明が存在していたのかあるいは創作なのか、また存在していたとしても、その渦巻きのような文字で、5・7・5で書かれた80の歌についての楢崎さんの解釈が正しいのか、あるいは古文書自体は江戸時代の創作なんだけど、楢崎皐月さんの解釈が創作を超えた自然の摂理を表しているのか私にはわかりません。

 

しかし、関川二郎さんの「カタカムナへの道」という本を読んでいて、さっぱり意味はわからないのですが、イヤシロチとかパワースポットの意味ってこうなんじゃないかというところがあったので紹介します。

 

カタカムナの「イノリ」は、向上(カミにムカう)のために「イノル」のであって、現実を超越して「神」や「仏」に救いを求めるためのものではない。

 

部分だけを抜き出したもので、その前後の章の意味を完全に理解してのものではないですが、この祈りの意味も、神仏に願いを祈るのではなく、向上、私の解釈では自分や大切な人たちの意識やあり方などの成長などのために祈ることではないかと思っています。カミにムカうと書いてありますが、その神も擬人化された全能の神とか創造主とかの意味ではなく、自然の摂理だとか宇宙の構造などであり、上に向かう、まあ意識を高めるようなものではないかと考えています。まあ、「意識を高める」という解釈もいろいろあると思いますが、それはここでは置いておきます。

なので、私のイヤシロチとかパワースポットの解釈は、微生物や動物にとって何かいいものが出ているのは確かだ。しかし、それは願いが叶うとか、運気が良くなるとか、邪悪を払うとかいった種類ものもんではなく、あなたの成長を”やや”助けますよ、”やや”見守りますよ、という場を作りますよというものではないかと思います。

【カタカムナへの道 関川二郎著】

kata

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%83%8A%E3%81%B8%E3%81%AE%E9%81%93%E2%80%95%E6%BD%9C%E8%B1%A1%E7%89%A9%E7%90%86%E5%85%A5%E9%96%80-%E9%96%A2%E5%B7%9D-%E4%BA%8C%E9%83%8E/dp/4904155084/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1425813217&sr=8-1&keywords=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%83%8A%E3%81%B8%E3%81%AE%E9%81%93