国際協力というのは、貧しい国を豊かにすることではない。


NPO宇宙船地球号の山本敏晴さんが書いた、「国際協力をやってみませんか?」というタイトルの本を読みました。

「国際協力」をやってみませんか? 「国際協力」をやってみませんか?
山本 敏晴

小学館 2012-04-11
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飛ばし飛ばしで読んでいただけですが、最後のほうの1章が、なんとなくチャコールブラックスが目指していることの背景を、自分でも気づかなかった部分を含めて表現してくれていたようだった。

チャコールブラックスは国内での里山的生活と途上国での貧困改善の両方を目指している。

しかしそれは理解されないこともあり、二兎を追っているように見えたり、「まず日本じゃないの?」と言われることもある。

でも食料問題とか環境の問題は、日本での温室効果ガスとかが原因でアフリカを干ばつにさせたり、逆にフィリピンとかでの森林破壊が原因で日本に集中豪雨や猛暑になったりすることがあるというか、そもそもどこの国が原因かなど言えるものではない。

それに食べ物も日本の自給率はそんなに低くないという話もあるけど、それでも多くを輸入に頼っているのは事実で、輸出先の国でも食えない人も多いのに輸入したものをゴミにしたりとか、お金を払って輸入しているし、現地の人たちもそれが仕事になっているのだから悪いことではないながらも、偏りがあることも事実。

食料や環境の問題は、たとえば日本だけで持続可能で豊かな暮らしを実現することができたとしても、どこかからの影響を受けることにもなるし、逆にそういう生活を目指したことから、他の国々の人々の生活を破壊することにもつながりかねない。

たとえば合成洗剤やシャンプーなどが危険であることから、日本でパーム油などを使う石鹸が流行った場合、パーム油をつくるためにインドネシアなどの森林を破壊し、人々の生活が豊かさからかけ離れかねない。

また、原発がなくても電気は足りるんだという話でも、原発を動かさないことにより不足した分の石油やガスを多く輸入したことが、どれだけその他の国々に影響を与えたのかは我々は知らない。しかし無限ではないエネルギーをお金を持っている日本が手に入れたことで、それを手に入れられなかった人々もいるかもしれない。

いろんな問題が複雑に絡み合っているため、もはや一つの国や地域だけで問題を解決することは不可能。

日本という自分の家でも持続可能な生活を目指しつつ、私たちの住むアジアや世界という近所というか、コミュニティがよくならなければ、一歩家の外に出たら飢えている人がいたり、銃弾が飛び交ったりするようなところで、本当に安心した生活ができるのだろうかと思う。

そういうこともあって、チャコールブラックスの活動は日本での里山的ライフスタイルの見直しと、途上国での里山的テクノロジーを使った生活の向上の2本立てなのです。

前書きが長くなりましたが、「国際協力をやってみませんか?」という本の中でどういうことが書かれていたかというと、原文のままではないけど、下記のような感じの内容。

 

国際協力というのは、貧しい国を豊かにすることではない。

途上国を豊かにしてしまうと(地球上の人類全てが先進国のような生活ができるようにしてしまうと)地球が持たない。

山本さんが言う国際協力の意味とは、「地球上のみんなが協力して、ものの取り合いをしないで末永く暮らせるようにしていきましょう」という行動や指針。

そのためには、我々豊かな国が、まず生活レベルを落とさなければならない。

電気の使用量を、資源の消費量を、まず減らすこと。そして万が一、それを先進国で達成できた場合、途上国に対してはじめて

「我々は、ここまで生活レベルを落としましたから、

 

山本さんは、「豊かな国が、生活レベルを落とさなければならない」と書いたが、必ずしも生活レベルを落とすことではない。多分行間に山本さんはそういう意味もこめていると思うけど、思う存分消費できる社会から、そうではない社会になるためには、効率以外にも大切にするものが必要で、そのために人とのつながりが強くなったり、生きる意味を見出せたりとか、逆に豊かになることもできる。

中国などでもいずれは消費社会も終わる時が来る。その時に経済的には貧しくなっていたと思っていた日本人がやけに楽しそうに暮らしていくことが、次の道を示していくことになると思う。