フィリピン スモーキーマウンテンからの移住者の炭焼きによる仕事作り試作1日目(子供たちの洗礼、材料集め)


フィリピン人は怠けものの傾向があるとよく言われていて、確かにそのような一面はあるものの、スモーキーマウンテンから政府の進める移住計画で、移住先のバティアにある日本で言う仮設住宅っぽい長屋の人たちと一緒に過ごしていると、目を見張るほどの働きっぷりをしていることがある。

バティアだけでなく、マニラでも「オレだったら3日どころか、30分でもやりたくない、いや、できないだろうなという仕事に出くわすことがある。

いくつかをあげてみると、

1.灼熱の車道の真ん中で、片手にタバコやお菓子や水、ジュースなどの入った棚のような箱のようなものを抱えて、道行く車たちに販売。危険だし、タバコと木製っぽい棚だけでも結構な重さっぽいのに、そのうえ人によっては水のボトルを何本も。腕がどんだけ疲れるんだろう。

2.石を運ぶ女性。バイクの脇にサイドカーみたいなのがついて、人や荷物を運んでいるトライシクルという乗り物があって、その自転車バージョンをなんと言うのかわからないが、移住先のバティアでもよく魚屋とかパン屋とかゴミ集めとかが行商にきたり地域内で回っていたり、子供たちの遊び道具や井戸でくんだ水の移動に使われていたりする。

乗ってみるとだいたいまずサドルが壊れている。サドルはついているものの、折れてぶら下がっているだけで、サドルの下の鉄パイプがむき出しになっている。さらに脇のリヤカーの部分とは針金とか溶接でつないだだけなので、自転車がややというかかなりサイドカーよりに傾いていて、とても乗りにくくてちょっとこいだだけで半端なくつかれる。

それだけでも大変な感じがするのですが、その石を運ぶ女性は多分まだ20代か30代っぽいのですが、かなりばあちゃんぽい感じで、帽子もかぶらないで炎天下の中で、どこかから石やコンクリートをくだいたのを大量に穴のあきそうな麻袋のようなものに入れて積んできて、頼まれた場所に下ろしてならべて、また取りに行くとうことをしているのを見た。

石を袋につめるのに、リヤカーの上に壊れたスコップを棒に繋ぎ直しているようなのが積んであったので、それで詰めているんだろうけど、石はスコップを刺すとだいたいすくえなくてカツンと当たるだけなので、あの道具で石を袋に詰めるという作業すら想像したくない。

さらにあの自転車が荷物なしでもどれだけ大変な乗り物か知っているし、灼熱の中で帽子もせずに仕事をしているので、おれなら30分以内でダウン。

もっといろいろありそうだけど、この2つの印象が強すぎた。みんな路上で商品広げて呼び込んでみたり、バーベキューや揚げ物売ってみたり、物乞いしてみたり、生きるのに一生懸命で、おれももっと生きることにがんばらないとと思う。

【バティア1日目】

2ヶ月前の前回の滞在よりもスモーキーマウンテンや別のスラムからの移住者がだいぶ増えていて、前回より街っぽくなっているのが第一印象だった。

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もともとゴミの山に住んでいた人たちなので、ゴミを適切に捨てるという感覚が薄いのか、前回は特にお金にならない紙くずやビニールゴミが散らかりまくっているのが目につき、1ヶ月後、2ヶ月後には人口も増えるし、ほぼスモーキーマウンテンのようなゴミの中に住んでいるのでは…?という心配もありましたが、行ってみると前回よりきれい。

コミュニティのリーダーたちが、「ゴミは路上に捨てないようにしましょう」と張り紙をはるなどみんなで地域を良くする努力がきいているのだと思いました。

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こんな風に家の前の小さなスペースもコンクリートブロックなどで囲って草や花を植えていました。しかしこの草(花)、日本の畑で草取りがやたら大変な雑草だよなぁと思いました。

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新しいサリサリもたくさんオープンしていました。

前回滞在していたメイの家に行くと、まずは子供たちの熱烈な歓迎。メイの子供は2人だけだけど、いつもたくさんの子供たちがいて一緒にご飯を食べていたりしているので、どれが家族でどれが家族でないのかわからないです。

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ニーナ先生の学校ごっこ。まずは英語やタガログ語の授業。

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ひととおり子供たちと遊んだあとは、今回の目的を果たすための買い物。

高橋さんのビデオケハウスプロジェクトのための材料集め。

前回の滞在で、貧困なのにけっこうお菓子食ったりとか5円、10円の世界だけど、日本人がヒマだと意味もなくコンビニに行ってなんか買ってしまうような無駄遣いを結構していたのと、そのお金は結局、地域の外に出てしまうものだし、その原因のひとつはやることがない、楽しみがないということなのではという仮説の元、遊べば遊ぶほどコミュニティの長期的な発展のための費用としてお金がプールされていく仕組みづくり。

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ドライバーをしてくれたアルベルトの従兄弟の材木屋で材料集め。真ん中の女性がいつもいろいろと世話をしてくれて通訳などもしてくれるメイ。

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その後、コンポストの実験のための苗を買いにガーデニング屋へ寄ってみたり、私の目的の炭焼きの材料のドラム缶などを集めに行きましたが、ドラム缶が見つからずにいろいろとウロウロし、最後のドラム缶の積んである家を見つけて譲ってくれと交渉し、OKだけどオーナーがいないから明日来てねということになったので、また翌朝に来ることにして、マーケットで買い物をして帰宅。

夕食後は私はフライトに加えて仁川空港での8時間の滞在、それに宿泊したホテルの部屋では外の音が筒抜けで、もともと人で溢れている上、路上でカラオケパーティが一晩続いていてほぼ眠れなかったので早く寝ました。

移住先の住宅は一階建てのトタン屋根の長屋のような感じですが、メイの家は廃材で2回も作っています。しかし80kgの私が移動すると最初から弱っている床のベニヤに穴を開けてしまいそうなので、階段近くに寝ていました。

高橋さんは私より軽量で、ビデオケハウスのチラシの打ち合わせを下でしていたので、奥の方のスペースをあけておきました。左側を向いて寝ていたので、夜中にまっすぐになろうかなと向きを変えようとしたら、何かがつっかえて回らない。

ふと見てみると私のすぐ背中の後ろに高橋さんの顔があってギョッとし、なぜこんなところで寝ているのかと思い、しかも足が伸ばせないのか、足を曲げた状態で組んでいたので、足も伸ばせない状況なのか!と思い、ふと足元をみてみるとほんの小さなスペースにニーナの家族が3人で寝ていました。

トイレに行こうと下に降りると、一階の床の上に2人寝ていて、さらにトイレとシャワーとしての水浴びを兼ねた場所の前のほんの細いスペースにメイの弟と彼女が寝ていました。

ほんの小さな家なのに多くの人が寝ていて、でもスモーキーマウンテンではわずか3畳くらいのスペースにこれだけの人数が寝ているのが普通のようで、かなり良くなっているのに日本人の感覚にしたら玄関や廊下にまで人が寝ているような感じです。

翌日は、トイレに起きて、下に降りようとしたら、階段の前に3人寝ているのがみえたので、飛び越すのは不可能だと思い諦めてまた寝ました。

この日は寝ている間中、ずっと強烈な雨が降っていました。平屋建ての家を廃材を使って自分たちで加工してロフトスペースのようなものを作っているので、私たちが寝ている場所は非常に屋根に近い。

雨の音が屋根のトタンをたたく音が聞こえ、明日の朝には洪水になっているんだろうなと考え、遠くでなっていた雷が、気がつくと寝ている真上に来ているように感じました。

屋根が金属のトタンなので、「トタンって、雷に当たるとどうなるんだろう?数十センチ下にいる我々も無事でいられるんだろうか?」と想像し始めると怖くなってしまいます。

韓国からフィリピンへ飛ぶ飛行機もフィリピン上空で雷に遭遇し、なんども急降下してキャーとか悲鳴があがったりしていたので、自然の脅威の中で生活していることを感じました。

新潟だと冬はいつも雪が降ったり道路が凍ったりしている中、毎朝みんな通勤で命がけで運転したり生活したり、遊びに行ったりしているが、特に命がけと思っていなく普通にやっているので、どこでも自然の中で生活しているんだなと感じました。